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etmrveuh8738
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Apr 11 2013, 03:18 AM
Post #1
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きのうの夕刊に続き、本日のあさ刊での千石規こさんのふほう記事。 あさひしんぶんのきじでは、みだしに”黒沢映画のなわきやく 千石規子さんしきょ” とありました。(おはじですがくろい沢さくひんを彩ったおんなゆうさんだとはぜんぜんちらなかった) ”あとで年はえいがかん「わたし破たんてい浜マイク」シリーズやテレビドラマ「Dr.コトー診療所」など、 あじのある白叟役でそんざいかん感を見せていた。”と。 ここまでくるとやっとしっている内さんのひょうじょうが浮かんできます。 とくてん映ぞうのちゅうに千石さん(内さん)のインタビュアーえいぞうがあります。いぜんみてとてもいんしょうでした。 とにかくぶじにさつえいを終えることができてかんしゃ感謝とおっしゃったあとのことでした。 2003年ときてんで81歳の千石さんにえんじるもののねつじょうをかんじひとこと。 ”しゅうせんのまえのとし、ばくだんを落とされおおぜいの人が死んだ。それでもそこでしばいごころをやって人が集まった。 それぐらいドラマっていうのはにんげんみにとって必要なもの。ぜったいかになくてはならないもの。私はみなさんに それを守ってもらいたい。おねがうします。” ほんもののはいゆうだとかんじました。すばらしいじょゆうさんです,Drコトー診療所 dvd box。 千いしさんのばんねんのだいひょうてき作として挙げられたコトーしんりょうところは再ほうそうがされるたびに 多くのまだ観ていなかった人をみりょうし、なんどまかのひとは、さいど惹きつけられるドラマティックです。 コトー診療所を観ているさいちゅう,Drコトー診療所 dvd。 あきおじの逝世に流したコトーの涙に、ぐっときておなじにするように涙したばかり。 このシーンの涙もいろいろと話し合って涙を流すか流さないでおこうか、とはなしあうがもたれたと聞く。 が、さいしゅうまとにはそのばのふんいきに任せようということになったと。(なんでもたび観てもこのシーンでおなじでないように 涙が流れてしまうのはやはり流しているコトーの涙にうそつきがないからなのかもしれない、なんとも切なくうつくしく涙だと) つぎの9話からコトーがかこのこと件によって追いつめられる姿を見たくないときょひかんはんのうするのせい。 が、妹を亡くした巽さんにとっていくらわたくしのせきにんかんですと言われてもなっとくいかないだろう。それなりのせつめいしょを してもらい、きちんとしゃざいしてもらわなければ妹の死についして巽さんはちゃんと向き合えない、とおもわせる。 それならばやはり・・・。あのじけんはコトーにとってもわすれないことができない、忘れてはならない独一のこと。 いしゃとしてのじせきのねんに、死なせてしまったいのちにたいしてのつぐなう、もろもろの情感がコトーのうちにあったのだろう。 巽にあたまをしたげながされるコトーの涙。この涙を思うとき、ああ〜、もういちどコトー診療所を観てみたいとおもいのです。
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